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help リーダーに追加 RSS 架空の師、架空の「これだけは譲れない」

<<   作成日時 : 2009/01/08 04:11   >>

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「私は誰?」という「私」は、昔は立場、役割だったが、今では関係ごとに違っている。名刺を複数持っていることがあたりまえで、その他にも仲間や知人や友人や家族、そして一人になった時でも趣味や遊びで違う「私」になっている。
「私は私」になれば、脳の中の「私」はあやふやな私ではなく、具体性のない、正しいかどうかを問わない前提なしの「私」であり、それは当然「正しい私」になっている。それは、根拠のない「優位性」ともいえる。他者は、その優位性を持った「私」が決めつけている他者になっていて、そこから無茶苦茶とでもいえる「こうあるべき他者」という思い込みが生じる。
しかし、現実は他者はわからないもので、関係だけが明確だから、明確な他者になれば、関係というのが頭の中で消えてしまう。
仕事などの関係が明確な状況では、「私は私」が封印される。「自分を消す」は、「仏に逢うて仏を殺す」ための、すなわち関係を築くための儀式で、この儀式が無ければ、「私は私」を封印できない。営業はとりあえず、顧客に会わなければ仕事にならないし、会っても拒絶されたままでは商品は売れない。

私のエリート意識が消えた理由を語っている。
その理由を「無知の知」、「できない、わからない、知らない」の自覚と説明することもある。その自覚は「自分を消す」という儀式でしか生まれない。さらに、「自分を消す」ためには、架空の師を見出さなければならない。
難儀なことだが、ポストモダンの時代、個人の脳に「現実」であるから、現実の人物に対して「自分を消す」ということは不可能になっている。憧れや恋はファンや恋愛という自分にこだわるものになる。自分を消して「恋」になるものが、恋愛願望のストーカーになってしまう時代なのだ。
師は自分の中の「現実」でも「師」でなくてはならない。「師」は自分を超越する何かがあるのだから、自分の中には無いもので、だから「師」が自分の中に固有名詞で存在できないのだ。ポストモダンの時代では、「尊敬」や映画スターへの憧れのようなものはあり得ないことになっている。「父が師」という場合は、亡父か現実の父親を理念化した父になっている。それは架空の父であり、それは何をするにもその本来ということになれば、架空の師は具体化できるということでもある。架空の師がいれば、師に従うわけだから、自分を消している。

架空の師の代わりに、「自分のこっちゃないスイッチ」という設定もある。架空の「これだけは譲れない」を設定する。例えば「友人が自殺し、その友に自分は何も力になれなかった」ということがあって、「力になれなかった事実」というこだわりがあって、「力になってやれた自分」というものへのこだわりができて、そうなるとどんなに頑張ってもそんな自分になれるわけもなく、自分のことは自分で何とかするしかしょうがなく、それでも何とかならないことも多く、他者のことを何とかしようということはもっと何ともならないことばかりで、その自覚が「自分のこっちゃないスイッチ」となる。そしてまた、自分のことも他者のことも、こだわる必要のないものになる。そして、「これだけは譲れない」の「力になってやれた自分」というものへのこだわり、その架空の設定も必要でなくなる。

国立大学という学歴、東証一部銘柄の本社人事労務職の人事を担当し、人事考課を調整し、大学の採用試験をし、新人研修を取り仕切る。受験での挫折の経験が無く、公務員試験で上級職の肩書が付くということ何やらで、それが「私は私」のエリートとしての具体的な優位性ということにもなる。
それが、東京から宮崎に移り、小学生の野球少年団の監督で、ただただ彼らの活躍に感動するだけの無能な監督で、心を入れ替え汗まみれで一体になって野球を楽しんだ次の年に、レギュラーは6年4人、4年も2人含まれるチームが県大会でベスト4になる。
15年後に、彼らが、出会った当時の私の年齢なって、二人から結婚式に招かれた、それも主賓として。彼らはそれほどに、その2年間に意味があったわけで、私自身もそれ以上の何かを受け取っていて、それはエリートのような具体的ではないが、作られた虚構の根拠なんかではなく、私と彼らとの関係の中での私の具体的な根拠なわけで、その後転職して宮崎を離れ、上級職というエリートの肩書はあったが、それは私の中では無意味ではないが、具体的な関係を排除するような肩書でもあり、すでに優位性ということではなくなっていた。

それでも「自分なら何とかできる」という若さはまだあったみたいで、その度に監督というこだわりが何の意味を持たない宮崎での自分は確かにあって、事実最初のケースワーカーという仕事では、他者の相談で自分が何とかできることなどあるわけもなく、距離を取らなくては若造には重い問題ばっかりで、自然と6年間の中で、「自分のこっちゃないスイッチ」ができてきたみたい。30を過ぎれば若造ではないという時代でもあったことだし。
異動で次の仕事が人事・労務というのだから、皮肉といえば皮肉、面白いと思えば面白い流れなんだろう。その次が同和問題、人権啓発、次が山歩きが毎日の林業設計、次が今は切り捨てられた感のある社会教育、そして青年対策というのだから、他者にはわからないような自然の流れを今だからこそ感じ取れる。

「私は私」は脳の機能、癖だから、その前提なしの正しさ・優位性の具体的な根拠が無ければ、「ダメな私をわかって」か、「あやふやな自分を分かれ」の二通りの「依存」の拒絶になる。「関係」を求めながら拒絶するということになる。
根拠があって、政治家や官僚ではあるが、「依存」の拒絶は同じで、個人的な既得権擁護の方向か組織防衛にしか行かない。
根拠があろうとなかろうと、「関係」を拒絶したまま、それでも自分にこだわれば、病気になるか引きこもるか自殺や自殺のような殺人ということにもなる。
「私は私」は脳の、意識そのものの前提だから、何ともやっかいな話ではある。その「私」が「なんだかわからない」ものであり、「できない、わからない、知らない」という未熟さがあるのだから、さらにやっかいということもあるし。

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